……最近聖書を拾い読みしています。子供の頃バプテスマ教会に通っていましたし、授業でR・ウエッバーのミュージカル「JESUS CRIST SUPERSTAR」を教材にしておりましたので、多少の知識は身につけています。

ところが、改めて読んでみますと……イキナリ謎にぶつかります。
マタイの福音書とルカの福音書では、イエスの先祖が違うんです。おまけに書き方が、マタイではアブラハムから順に先祖を書き並べているのに対して、ルカではイエスの親、そのまた親といった具合に先祖を求めていきます。同じ本の中に何故違った系図を載せているんだろう?
しかも、イエスとは血のつながっていないヨセフを父としているのは良しとしても、血筋のつながっていない父系の先祖を書き並べて、それでどうしたいんだろう?むしろ、マリアの血筋を書き並べてくれたほうが受け入れやすい
かねてから、イエスには兄弟がいたと聞いてはいたんだけど、チラチラ読んでいると、確かに「兄弟がコレコレの時に居合わせた」などという記述に遭遇する。で、その兄弟たちはどうなったん?兄弟たちってなっているからには、二人以上兄弟が居て、マリアは処女でイエスを産んだというのを信じるなら、すべて弟か妹になるはずだ。そういえば、実際に十字架で磔刑となったのは弟のイスキリで、イエスは日本にやって来ており、日本に墓があるなどという東北だったかの伝承があったけど、まぁ、これは眉唾だから、触れずにおきましょう
イエスがローマ総督ピラトの裁判を受けたこの日は、祭りの日で、誰かを釈放するという決まりがあったらしいのだが、ピラトが「誰を釈放してほしいのか?」と問うと……ユダヤの民衆は、「バラバを」と答え、イエスには死をと叫んだそうだ……このバラバも、バラバ・イエスという名だったそうで、なんとまぎらわしいことか!!マリアという名前の女性は当時一般的だったようで、聖書にはイエスの身近に母親を含め3人のマリアが登場している。イエスの弟子にはシモンが二人も居る。ユダだって、裏切り者のユダ以外に何人か別のユダが登場します。ユダヤ人の名前ってすごく少なさそう!!
イエスの死後、弟子たちは突然超能力者になってしまうんですよね。で、イエスの御業(みわざ)同様の超能力を発揮して人々を癒してまわる……何か都合の良い話しだなぁ、、、、、イエスの生前にはそんな気配は無く、むしろ弟子たちは、愚かうぎるくらいの存在だったのに
最大の謎は、イエスのプロフィールを別の時代別の人が書いた「福音書」を4っつも併記している。もちろん記事は重複しまくり……一番短く、説明が簡単な物が、一番古くからあり、原典に近いはずだと何かで読んだことがある。時代を経たり、他者の手が入ると、細かく説明したくなったり、さまざまな説とのつじつま合わせをしてしまうのだそうです。
ところで、有名な「ベン・ハー」はいったい聖書のどこら辺りに登場するんでしょうかね?まだ、みつかっていません。確か、子供のときベン・ハーを読んだ際には、その本の解説に聖書の記述箇所を示してあったはずなんですけど、現在手元にないので、本屋に行った際に確認しようって思っています。でも、記憶では、「え?」って思うくらい短くって、コレがあの長い映画のお話になるんだってビックリした覚えがあります。
各福音書には、何故か「田舎から出てきて偶然居合わせたシモン」とうキレネ人を捕まえて無理にイエスの十字架を担がせた」っていう記述が符丁を合わせたように書かれているのですが、その割にはこの人物は知られていないのも不思議です。彼の役割は十字架を担ぐだけだったのでしょうか?それとも、もう少し丹念に読んでみれば、このことの意味がどこかに書かれているのでしょうけ?またしても謎が増えます。 私が子供の頃手にしていた聖書では「使徒行伝」っていうタイトルだったものが「使徒言行録」となっていて、ちょっと違和感を持ったりしてもいますが、読めば読むほど「?」がみつかるという意味で面白い本です。今日は、聖書と音楽をネタにした話はちっとも書かずに失礼します!!
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